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還流独歩

茅場町の夜 2009.11.20

茅場町というのは、東京の中でもあまり知られていない場所かもしれない。知っている人は何となく雰囲気がわかるけれど、知らない人は何の印象もないというのは当たり前の話だが、証券会社も多いし、大きな企業から小さな会社まで、多くの人たちが働く典型的な昼人口の多いところである。もちろん、大手町や渋谷、新宿、池袋に比べたら少ないとは思うが、地下鉄東西線と日比谷線が交差しているから、特に朝晩は人の出入りが激しいところでもある。

茅場町には観光的な見所は何もない。しいて挙げれば近くの水天宮だろうか。確かに何もないけれど、東京駅から1.5kmくらいだし、日本橋や銀座にも歩いて行けるとても便利な場所だ。知名度が微妙に低いから、比較的安価な宿泊施設がたくさんある。JR京葉線が通る八丁堀が近いこともあって、東京ディズニーランドへ行く観光客の利用も多いようだ。通りを歩くと、韓国語や中国語が聞こえてくることも多い。

そんな茅場町でも、金曜の夜になると、より賑やかになる。数件隣りの中華料理店からは、宴会の歓声や拍手が聞こえてくる。誰かの歓送会だろうか。気分転換にバルコニーに出てみると、花束を持った人がいたり、記念撮影しているのが見えたりする。「お疲れさまでした〜」とか、「もう一軒行くよ〜」とか、「まだ帰んじゃないよ〜」という声が夜空に響き渡る。金融危機や不景気が日本全体を覆っているから、誰もがきっと大変なのだとは思うが、そんなありふれた光景の中にいる人は、みんな楽しそうだ。

家業を継いだ大学の同期と会ったとき、彼はこんなことを言っていた。「ゼネコンに勤めていた頃は、同期や会社の人たちと、はめを外すくらい楽しく飲んでいたけれど、親父の会社を継いでからは、そんなことができる環境ではなくなった。同じ会社と思える人たちが楽しく飲んでいたり、飲み屋の外に出て、他愛もないことで大騒ぎをしているのを見ると、それが懐かしくもあり、一抹の寂しさを感じるときがある」というのだ。いま、その気持ちがとても良く理解できる自分がいる。

でも私は、そんな人たちを見ても、寂しさも侘(わび)しさも、まったく感じない。いや、全然感じないかというと嘘になるけれど、置かれている環境が違うから、羨ましいとか、その輪の中に自分も入りたいとは全然思わない。もちろん、たくさんの人と飲んで盛り上がるのは楽しいことだが、いまの私には楽しさよりも優先すべきことがたくさんある。茅場町の空にこだまする楽しそうな人たちの盛り上がりの声を聞くたびに、逆に自分がだらしなく思えてきたりして、少しだけ憂鬱になったりするのだった。

加筆訂正:2011年8月21日(日)

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