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還流独歩

移動 2009.12.03

いつもと同じ、深夜就寝、早朝起床の移動日。飛行機は12時過ぎの出発だが、荷物は何にもまとめていないので、早起きをせざるを得ない。寝起きの頭では荷物は簡単にはまとまらないが、2時間もあれば、だいたい終わることになっている。日本からドイツに向かうときは、特にお土産もないから、荷物を詰めるといっても隙間が多くて楽である。

一通り片付いたあと、一時間ほど時間ができたので、締切を数日過ぎてしまった原稿の最終確認をして提出する。電子メールとは本当に便利なものだ。毎回のことだが、移動する日が近づいてくると、あれも終わらせてない、これもやってないというように、焦燥感に苛(さいな)まれることが多い。今回も同じである。

明け方から降り始めた雨が小康状態になった。8時半過ぎ、地下鉄で上野駅へ向かう。毎回思うことだが、日本の駅の中は点字ブロックだらけだ。スーツケースを持っていると良くわかるし、その整備の完璧さにも驚く。点字ブロックは、もちろん目の不自由な方にとって必要なものだとは思うが、敢えて言わせてもらうと、その数は過剰ではないかとさえ感じる。あの点字ブロックに沿って歩いている方を私は一度も見たことはない。これについては、また別の機会に触れたいと思う。

成田に着くと嬉しいことが待っていた。ビジネスクラスに格上げになっていたのである。「エコノミーの席がご用意できないため、ビジネスクラスへ変更させて頂きました」。なんて素晴らしい対応(笑)。席の格上げは、実は二回目の体験である。今年の夏、フランクフルトから東京へ向かうときもそんなことがあった。こういった対応は毎回期待してしまいそうで逆に問題だ(笑)。

今回もリフレッシュルームでシャワーを浴びる。以前にも書いたように、その狭さと、世界最強とも思えるシャワーの水圧は特筆すべき事項である。これまで全開にしたことがなかったので、お湯も水も最大にしてみた。その状況を的確に表現することは難しいが、このシャワーの水圧だと、10m先までは確実に散水が可能で、もしかしたら15mくらいまでも可能ではないかと思う(苦笑)。それくらいの勢いがある。

飛行機に乗る前に、ドイツの友人にお土産を買った。たくさんは不要だし、重いものも避けたいので、いろいろ悩んだが、結局、栗餡の入った期間限定のパイと、抹茶キャラメルにした。少しだけ重くなったリュックサックと一緒に飛行機に乗り込むと、飛行機は定刻に飛んだ。真正面が壁の席だったので、何となく落ち着かない気もしたが、足下も広いし快適だ。

しばらくすると、フランクフルトへの到着時刻の知らせがあった。定刻の16:35着が少し早まり、16:10に着くという。17時過ぎの新幹線には、おそらく間に合いそうである。飛行時間は11時間50分と長いが、私にとっては、いろいろなことを考えたりできる貴重な時間である。といっても、食事の時間とか、休んでいる時間を考えると、何か作業できる時間は6-7時間程度ではないだろうか。

食事を終え、シートを倒してパソコンに向かっていると強烈な眠気が襲ってきた。何度か持ち直すが、気がついたら深い眠りに落ちていた。おそらく1時間くらい寝たのかもしれない。気がつくと飲みかけのワインが片付けられていた(苦笑)。もう少し休みたいと思い、シートを完全にフラット状態にするが、今度は逆に眠れない。真っ平らに近い状態で気持ち良く寝たかったのに、もったいないことをした(笑)。

それから間もなくすると、これから気流の悪い中を飛行するので、シートベルトを着用するようにとの案内があった。機内サービスも一旦停止するというので、逆に目が覚めてしまった。実際に揺れたのはわずかで、また平準飛行に戻った。喉が渇いたので、炭酸入りの水とワインを何度かお願いする(苦笑)。長いとも思える機内の時間だが、今回もあっという間に過ぎ、夕刻のフランクフルトに到着した。

入国審査も問題なく通り、荷物の受取り場所までは順調に進むが、しばらくたってもの肝心のスーツケースが出てこない。いつの間にかエコノミークラスの荷物が出て来たので、念のために引換え用のシールを確認すると、荷物の受取りはフランクフルト空港ではなく、ケルン中央駅になっている。成田で確認しなかった自分が悪いのだが、通常はフランクフルト止まりで受取っているので、予想外の展開だ。

フランクフルトとケルン間には、以前は飛行機が飛んでいたが、その距離は僅か170kmしかなく、2002年に高速新幹線の開通に合わせて、この区間の空路は廃止されたのである。その代わり、エアレイルと呼ばれるルフトハンザ航空の専用車両が新幹線に連結されるようになった。しかもケルン駅のルフトハンザのカウンターで搭乗手続きが可能になっている。

以前は駅での搭乗手続きと一緒に荷物も預けられたので、機内に持込む荷物だけを持って新幹線に乗れたのだが、数年前からできなくなった。おそらく税関の問題ではないかと思う。それはともかく、話を戻すと、私の荷物の受取りはケルン駅にはなっているが、実際にはケルン駅まで持って行ってくれるわけではないことは察しがついた。そんな事情を空港内にいた日本語のわかる女性に訊いてみると、別の男性が親切に対応してくれた。

背の高い男性は、いかにもドイツ人らしく、はっきりと、そして丁寧に説明してくれた。「確かにあなたの荷物はケルンまでは行きません。受取り場所は、新幹線乗り場の手前にあるドイツ鉄道の窓口の脇にある手荷物引渡し所です。ですからケルン行きの電車に乗る前に、ドイツ鉄道のところで必ず取って下さい。場所はわかりますか?」。「大丈夫。橋を渡った向こう側ですね」。そう答えた私はたくさんいる税関の係員から引き止められることもなく、到着ロビーに出て、一抹の不安を抱えながらも、早足でドイツ鉄道のカウンターに向かった。

スーツケースが本当に出てくるかどうか不安だったが、以前にも荷物を受取ったことがあるところに行くと、ちょうど私のスーツケースが運びされてきたとこだった。すぐに受取り、ドイツ鉄道のカウンターで搭乗券を新幹線乗車券に変更する。航空券には18:09の新幹線に乗ることになっているが、それに乗る必要はない。一時間早い17:09発の新幹線まで、あと5分しかないないので、私の気持ちは焦っているが、ドイツ鉄道の窓口の女性は、そんなことを知る由もないので、「いってらっしゃ〜い」という感じで、とても余裕がある。半券を握りしめてホームに降りると、新幹線がちょうど入って来た。間に合った。

ルフトハンザのエアレイル車両は、先頭か最後尾に連結される21号車と決まっている。8両編成ではなく、長い16両編成の場合は、ホームの端まで行かなくてはならない。必ずしもエアレイル車両に乗る必要はないのだが、何となく最後尾まで行ってしまった。空港内を早足で歩き、荷物を受取ってすぐ新幹線に乗ったので、中に入ると暑い。汗が出てきたのでTシャツになる。

新幹線の中でも作業を続けた。最高速300kmの新幹線は、アウトバーン3号線と並走しながら、いくつものトンネルを抜けて快調に進む。ケルンまで1時間というのは本当に短い。新幹線は定刻通りにケルン中央駅に到着した。一か月ぶりのケルンは、相変わらず人が多い。クリスマス市が始まっているというのもあると思うが、駅の中はまっすぐに歩けないほど人が溢れている。

駅前のバス停には誰もいない。時刻表を見ると、いま行ってしまったばかりだ。次のバスまで15分待ちである。気温は10℃くらいだろうか。それほど寒くはないが、行き交う人は冬の装いをしている。バスを待つときの、いつもの見慣れた光景の中を、フランス語を話す子供たちが通り過ぎる。バスは5分遅れでやって来た。10分ほど揺られて、いつものバス停で降りる。約20時間近い移動が終わった。
 
 
誤字訂正:2010年1月21日

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