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菜食主義と食文化 2009.12.25

私は数年前まで、ドイツ人の男女二人とともに、大きな部屋を借りて三人で一緒に住んでいた。二人のうち、男性の方は肉も魚も食べず、卵もできるだけ口にしたくないという完全菜食主義者である。普段食べるのは、パンやトースト、乳製品、穀類、肉の入っていないピザといったものだ。いつだったか、健康診断に行ったら、やせ過ぎだと言われたと、自分でも苦笑していた。

彼が言うには、子供の頃は肉を食べていたという。菜食主義になったのには、いろいろな経緯があるようだけれど、フランスで仕事をしていた10年程前に、生き物は一切食べないと決めたらしい。魚は昔からほとんど食べたことがなかったので、何も問題なかったが、それにしても彼の意思の強さには感服する。ちなみに彼は珈琲も飲まない。もっぱら紅茶である。

女性の方は、肉は口にしない人だったが、魚は食べるというので、私がたまにつくる寿司を喜んで食べていた。完全菜食主義の彼も、いつだったか、私がつくったシャケのり巻きを冗談半分で一口食べたことがあった。なんとなく、一口くらいは食べても良いかと思ったらしい。ついでに魚のだし入りのみそ汁も美味しいよ、と勧めてみたが、やんわりと断られてしまった。

彼らと一緒に生活するようになって、私自身も食生活が少し変わった。もちろん、いまも肉は食べるし、おいしいソーセージにもそそられることが多いけれど、以前よりは肉を食べる機会は少なくなったように思う。でもそれ以来、レストランに行っても、ビアホールに行っても、あるいは街の軽食屋に行っても、菜食主義の人のためのメニューが必ず用意されていることが気になり始めた。

その中で、ドイツと日本を行き来するようになってから気がついたのだが、日本では、外食したときに肉を食べずに済ますことはとても難しいように思う。例えば、サラダを頼んでも焼きベーコンが勝手に乗っていたり、スープやカレーの中には当たり前のように肉が含まれていることが多い。つまり、知らず知らずのうちに、肉を食べさせられていることになる。

私は日本の多様な食文化は世界一だと思っているから、世界に自慢できる日本食を悪く書くつもりはない。日本の人ほど食生活に気を使っている人はいないのではないかとさえ思う。毎日、栄養の均衡がとれた食事を摂り、何でもまんべんなく食べることが健康につながるとの認識があるからこそ、世界一の長寿命国になったのだろう。

だから肉を食べるということに対して抵抗がある日本の人は少ない。焼肉は美味しいし、豚カツだって素晴らしい食文化だ。牛丼も庶民の食文化に深く浸透しているし、豚骨ラーメンやジンギスカン、あるいは何とか牛など、風土色の濃い食べ物だってたくさんある。何を食べるかなんて個人の自由だけど、日本にいて肉を食べない生活というのは、やっぱり難しいように思う。

知人の日本人女性に、肉も魚も食べられないという人がいる。あるいは食アレルギーや病気の人など、何でも思うようには食事ができない人もたくさんいる。飢餓に苦しむ国の人たちは十分な食料さえ手に入らない。お腹が空いたときに、いつでも食べられるものがあるというのは、本当に恵まれた環境にいるのだと感じる。

菜食主義の話から逸れてしまったけれど、肉を一切食べないという生活をすることは、自分にとっては間違いなく無理だろうと思うし、美味しいものを口にするという人間の欲求の一つを、お金を払うことで満たすことができるということは、とてつもなく有難いことなのだなあと、更け行く長い夜に考えた。

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