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還流独歩

通訳という仕事 2010.01.08

8時過ぎに自宅を出て、バスで中央駅まで向かう。駅のレンタカーの窓口で、視察の方から預った国際免許証を提示し、もう一人、運転ができるよう手続きをしてもらった。万一、私が運転できなくなったときのことを考えての配慮だ。

9時過ぎ、ケルンを出発。行き先は120kmほど離れたルール工業地帯にある小さな街である。ドイツ人に言っても知らない人がほとんどのはずだ。このあたりは交通量も多く、普段も頻繁に渋滞するので、少し早めに出発した。

今日のアウトバーンは異常に空いている。ヴッパータルという街に向かう1号線の工事箇所でも、特に大きな渋滞はなく、12時の打合せの45分も前に着きそうだったので、途中で休憩を入れ、打合せに向けての確認をする。

某企業には問題なく着いた。こんなことを言うと失礼なのだが、人口の少ない街にある企業でも、受付けや打合室のなどは、本当に奇麗に保たれていることが多く、また使われている家具なども洗練されている。人を迎え入れる空間というのは、やはりそうでなければならないのだろう。

打合せは、先方が3名、こちらが4名である。こういった視察同行には慣れているとはいえ、最初はやはりどうしてもぎこちない感じなってしまう。打合せの流れを上手くつくり出すのに時間がかかるからだ。先方の一人の方から、今日の訪問の目的を再度明確にして欲しいと言われる。こちらから、それを切り出す前に先手を取られてしまった。

ドイツに人に限らず、そういったときには、「目的は二つです」といったように、打合せの方向性を最初に明確にすることが求められる。細部に触れるのは、そのあとからだ。おそらく日本でも同じだとは思うし、もちろん場合によっても異なるとは思うが、特に初対面の打合せの場合は、相手に失礼に当たらないように、出だしが何となく曖昧なときが多いように思う。

そして毎回感じるのだが、通訳という仕事は本当に難しいと思う。聞いたことを右から左に流しているように見えるかもしれないが、実際は、そんなに簡単ではない(と思う/苦笑)。基本的には、両者から言われたことを、そのまま通訳することが求められるけれど、場合によっては、そうでない場合も多々ある。

ドイツの人は説明するのが好きだし、乗ってくると話が止まらないこともある。こちらからの質問に対して、明快に答えてくれるときもあれば、その質問に答える前に、背景を説明しなければならない、と遮られることもある。日本の企業の方に同行しているのに、話の流れでは、訪問企業の気持ちも汲み取ってあげなければならない。丁寧な言い回しが必要なときには緊張もする。

いまでこそかなり慣れたとはいえ、一回の通訳時間は2時間半程度が限界だ。後半になってくると日本語の意味さえ正確に理解できなくなってくる。日本語が上手く頭に入って来なくなるのだ。通訳を終えたあとは、目頭の奥がぎゅっと詰まっているような感覚と同時に、言いようのない虚脱感にも襲われることが多いのだが、今回は、それほど疲れなかったのは意外だった。

2時間近い打合せを終えて、エッセンの炭坑跡に立ち寄った。「ルール2010年/欧州文化中心都市」となったエッセンでは、今年一年、いろいろな催し物が開かれることになっている。その中心となるのが、ユネスコの世界遺産に登録されている、この炭坑跡である。寒空の中、大きなテントが張られ、週末には政治家なども参加する開催セレモニーが開かれるらしい。

新しい展示空間も整備されており、その洗練された展示手法にも感銘する。係の人に簡単な案内をして頂いたあと、地上45mの展望台に行く。一面に広がった真冬の曇天が重くたれ込め、下から吹き付ける寒風に全身が凍えてしまった。約1時間程度の滞在のあと、冷え切った身体を温めながら、ケルンに戻る。

今日の夜もビアホールへ。一軒目に満足せず、二軒目も行ってしまった。視察の皆さんは、明日は一泊の予定でドレスデンに向かうため、日曜の夕方に、ミュンスター・オズナブリュック空港で、再度、合流することを確認して、一旦、ケルンでお別れした。

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