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還流独歩

東京脱出 その2 2010.09.23

今回は、いつも使わせて頂いている、某航空会社からの天の思(おぼ)し召しを頂き、エコノミーからビジネスクラスへの格上げを賜ることができた。その理由など私には皆目見当もつかないが、実に有難いことである。しかも中央の三列席の通路側で、隣りは空席である。ビジネスクラスの席は広いけれど、隣りも空いているなんて、こんな贅沢なことはない。給仕してくれるのは、フランクフルト在住の背の高いニコラウス氏だ。何故、彼が住んでいるところまで知っているかというと話のついでに私が訊いたからだ。ちなみに、彼以外は皆女性である。

覚えたての日本語を積極的に使う彼とはドイツ語を交えての会話なのだが、それだけで楽しい空の旅になる。彼の日本語を褒めると、「ひらがなとカタカナ、難しい。次の彼女は日本の女性にする」との返事だ。それは彼の勝手だが、初対面の私にそんなことを言うのが可笑しい。食前酒としてビールを頼んだのに、炭酸水を持ってきたのには苦笑したが、「今日はバナナの薫りがするとっても美味しい日本酒ありますよ。是非飲んで下さい」と言われると、些細なことはもうどうでも良くなってしまう。しばらくして彼は、その日本酒を勝手に持ってきた。確かに美味しかった。

その彼が、前の席の男性を立たせて、何かを探し始めた。食事の前も終わってからも何やら彼と話をしている。そして後列の私のところに着て、「ちょっと失礼します」と言って、前の座席の下のあたりを小さな懐中電灯で探り始めた。通路には席を立ったドイツ語を話すその男性がいたので、「失礼ですが、どうしたのですか」と訊いたら、彼の結婚指輪が座席の下に潜り込んでしまったという。ビジネスクラスの複雑に動く座席の下から、小さなリングを見つけるのは容易ではないだろう。どうやら着陸後にもう一度探して、見つかったら連絡するということになったようだ。

客室乗務員の彼は私のところを通るたびに話しかけて来る。私も特に用事はないのだか、ついつい話をしてしまう。ついでにワインを注文。もう何杯目だろうか。彼は「少し寝ましたか?」と訊いて来たので、「今日はあまり眠れないですね」と答えた。座席が普通の状態で崩れ落ちるように30分ほど眠りに落ちたのに、シートを伸ばして本格的に寝ようとすると全然眠れない。実に貧乏性である。その彼も少しだけ寝たという。そんな場所があるのかと訊いたら、エコノミークラスの上に横になれる場所があるという。そこで2時間ほど休んだらしい。そんなところがあるなんて知らなかった。

ワインを何杯飲んでも眠くならないので、「今日の私の身体はおかしい」と彼に言うと、彼も西行きは大丈夫だが、逆の東行きが辛いと言う。よく言われていることだが、どうもそれは誰にでも当てはまるのかもしれない。そんな流れで、飛行機の中で過ごす時間は適度な葡萄酒とともに過ぎて行く。今回はミュンヘン経由でケルンへ戻るのだが、ミュンヘンまでの飛行時間は12時間20分である。実に長いと思われるかもしれないが、私にとってはそれほど苦痛な時間ではない。PCさえあれば、やることはたくさん見つかるから、12時間などすぐに過ぎてしまう。

しつこいが、その彼がエコノミークラスの上にある客室乗務員用の仮眠室をデジタルカメラで撮影したのをわざわざ見せに来てくれた。天井の高さはかなり低いようだが、廊下の両脇に個室があるのがわかる。「本当は秘密だよ」と言うので、細かいことを言えば社内規定に抵触するのかもしれないが、その程度のことは構わないだろう。最近、実に他愛もないことが表沙汰になることが多いことを危惧する一人として、日本の人はもっとおおらかで、大人の対応をするべきだと思うのは私だけだろうか。

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