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還流独歩

笑顔の力 その3 2012.02.08

「見本は出せますけど…」。素っ気ない言い方だった。もし仮に「仮印刷をお見せできますので、それで検討して頂くこともできますよ」と言ってもらえたなら、少しは違っていたのかもしれない。その女性と、わずか1分ほど話しただけで、この会社に名刺の印刷をお願いするのは止めることにした。私は「わかりました。考えてみます」と言って電話を切った。別にどこかのコールセンターのような丁寧さなど期待してはいない。でも、何だか丁寧さに欠けた応対だった。

電話は会社の顔である。それくらい電話の応対で印象が変わるものなのだ。その昔、勤めていた会社の後輩の話を引き合いに出すのは甚だ失礼だが、敢えて書かせてもらおう。その彼は、電話がかかって来ると、まるで怒っているかのように会社名を言っていた。本人は元気に出ていると感じているようで、そんな風にはまったく思っていないはずだ。でも、周りの人にはそう聞こえてしまう。私は注意した方が良いかと迷ったが、できないままであった。

ある日、同じ部署の先輩が、こんなことを言っているの聞いた。「この間、打合せで会った人に訊かれたんだよ。いつも怒ったように電話に出る人って誰って…。お前だろ!」。そう指摘された後輩は「え? 僕ですか…」という感じで苦笑いを浮かべていた。そうしたら、周囲から突っ込みが次々に入った。「電話に出るとき、いつも怒ってるよ」。「あと、切るときもガシャッとやってるから気をつけな」。みんな気がついていたのだ。でも誰も言わなかった。

他の会社の人から指摘されるというのは、よほどのことだし、恥ずかしい話でもある。長年のおつきあいがあって、冗談が通じるくらいの仲である会社だからこそ、敢えて言ってもらえたのかもしれないが、そんな注意をもらう前に、社内の人がしっかりと教えてあげるべきだった。それに気がつきながらも言えなかった責任は私にもあった。電話の応対一つで、相手の会社の様子が見て取れることが良くある。相手の表情が見えないからこそ、電話というのは怖いのだ。

話は戻って、名刺の印刷をお願いしようと思って電話をかけたその印刷会社には失礼だが、こんなに近くにあるのに、何かを依頼することは、おそらくないだろう。翻って、自分はどうなのか考えてみた。自分の電話応対が、どのように受け止められているのかを知ることは難しい。聞くところによると、電話に出るときには、普段の会話の声よりも、少し高い声を出した方が良いらしい。暗い声よりも明るい方が良いに決まっている。果たしてそれができているだろうか。

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