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還流独歩

目の前を通り過ぎた1ユーロ硬貨 その2 2012.02.27

彼の声はかなり嗄(しわが)れていて聞き取り難かったが、こんなことを言っていた。「いま、私には仕事がありません。家賃を払えなくなって、住んでいた部屋も三か月前に退去させられました。いまは寝るところを探す毎日が続いています。どうか私に少しのお金を恵んで頂けないでしょうか」。

彼が話している間に、私の目の前に座っていた男性が上着の内側に手を入れたのが見えた。そして財布から小銭を取出した。延ばした手の先には1ユーロ硬貨があった。わずか100円という小銭が私の目の前を通り過ぎて行った。私も同じようにお金を出しかかった。でも出せなかった。

私は次の駅で降りて、階段を昇りながら、お金を渡せなかった理由を自分に問いかけ、そして幾ばくかのお金さえもあげられなかった自分を少し悔いた。出して上げたいという気持と裏腹に、出せなかった自分がいる。何の理由もない。青く澄み切った空を見上げたら、何だか熱い想いがこみ上げて来て、目頭さえも熱くなった。

その男性の状況が本当に困窮しているかどうかなどわからない。でも、いまの自分は彼よりも遥かに恵まれた環境で生活をさせてもらっている。それと比較したところで意味などないのだが、もし自分が同じ立場にたったとしたら、彼と同じように、電車の中で、お金を恵んでもらいたいと果たして言えるだろうか。

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