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還流独歩

車内の譲り合い 2013.02.14

地下鉄が都内の某駅に着いたとき、杖をついた初老の男性が乗って来た。そのとき、3人掛けの優先席の一番奥に座っていた私は席を譲ろうと思い、PCを閉じ、鞄を腰のあたりに抱えて立上がりかけた。そうしたら、真ん中に座っていた左隣りの女性も同じように立上がった。そしてさらに左端に座っていた3歳くらいの子供を連れた女性もが、その男性に席を譲ろうと腰を上げたのである。だから、優先席の3席がすべて空いた状態になった。そして驚くべきことは、乗降口を挟んだ向こう側の男性が、子供連れの女性のために、どうぞと言って立ち上がったのが見えたのである。いっぺんに空いた車内の4席。どこに座れば良いのか少々たじろぐ杖の男性。立ち上がった4人と、そこに広がる何となく場が納まらない譲り合い同士の心理感。結局、子供を連れた女性が「次で降りますから」と言って、半ば強引に席を譲ったので、私と隣りの女性は座り直すことにした。そして、その場は次第にもとの雰囲気に戻った。

そういえば、10数年以上も前、旧東ドイツを旅していたときに、若い男女がお年寄りに席を譲るのを見かけたことがある。それは確かドレスデンだったと思う。路面電車の中で立っていた私は、停留所に着いたときに、扉の外に腰の曲がった男性がいるのが見えていた。そして扉が開いた瞬間、近くに座っていたその男女が、まさに起立するかのように一気に立ち上がったのである。それは軍隊で訓練を受けているかとさえ思えるような瞬時の反応だった。そんな光景を初めて見た私は、正直、驚愕した。間髪を入れず、奇麗に立ち上がった姿と、その席を譲る潔い姿勢が、あまりにも格好が良かったからだ。それを見たら何だか気持が大きく揺さぶられるのを感じた。自分もこうでありたいさえ思う光景でもあった。東西ドイツが統合して10年以上も経ってはいたけれど、旧東ドイツ時代では普通のことだったのかもしれないと、やや偏見に満ちたことさえも考えた。

これから先、今日と同じような状況に置かれたとき、彼らほど格好良く席を譲ることはできないかもしれないけれど、そうありたいと思っている。

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