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朝日新聞 住まい/世界のウチ

ろうそくは暖房器具? 2006.02.04

ここ数年、寒さが厳しくなり始める時期が来ると、私の家では「ろうそく」が暖房器具として活躍することになっている。そんなもので暖房だなんて、にわかには信じ難いかもしれないが、断熱が行き届いている建物が多いドイツでは、この時代錯誤のようなろうそく暖房も、意外とあなどれないことが分かってきた。

部屋の中でろうそくをともし始めたそもそもの理由は、家中に張り巡らされている床暖房のうち、どういうわけか私の部屋だけが十分に暖まってくれないからであった。本格的な寒さが訪れるころになると状況は徐々に改善されるのだが、外気温がまだあまり低くならないときには寒い思いをすることになる。

ともかく本調子で働いてくれない床暖房を嘆いたところで部屋は暖かくはならないから、冗談半分で手持ちのろうそくをかき集めてともしてみることにした。ろうそくといっても、日本の仏壇やお墓で見かけるような白くて細いものではなく、卓上に置ける太くてどっしりとした形のものが中心で、赤 や青、白や黄色など、色の種類も多様である。

ものは試しで、10本ほど窓辺や机の上に並べてともしてみた。そして数時間たったころにいったん部屋を出て、少ししてから戻ってみる と、不思議なことに寒さの中にも何かほのかで微妙な暖かさが漂っているのだ。もちろん、しっかりとした暖房器具の暖かさに比べると、比較にならないほどの 微々たるものだけれど、それは寒い戸外からいくつものろうそくがともされている教会に入ったときに感じる、ほのかな暖かさと同じ感覚だ。小さなろうそくを灯しただけで、ほんのりとした柔らかなぬくもりが感じられるとは、建物の断熱性能が高いからに違いない。

ところで、ドイツや北欧では、食事をゆっくりと楽しみたいときや友人を招いたときなど、食卓や部屋に飾られたろうそくに火をともすことが多い。それは、薄暗くて長い冬を逆に楽しむための工夫でもある。ゆらゆら揺れる小さな灯と、それが映し出すおぼろげな影を見ていると、かつて日本にも あった、ちょうちんやあんどんの文化がしのばれる。それは、わずかな明るさだけでなく、見た目にも小さなぬくもりを与えてくれていたはずだ。

さてと……。手持ちのろうそくも残り少なくなったから、そろそろ新しいのを買いに出かけようか。ろうそくの灯を消したあとの残り香が漂う部屋を出ると、何だか「マッチ売りの少女」のような気分になってきた。

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