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朝日新聞 住まい/世界のウチ

お父さんがつくった私の塒(ねぐら) 2007.05.23

テーマ:住育(じゅういく)

欧州では、子どもが小さいときから専用の部屋を与えることが比較的多いと聞いている。また一般的な傾向として、子どもが幼稚園や小学校に通う頃にはできるだけ自分の部屋を与え、そこを遊び場として自由に使わせる代わりに、1人で寝起きをさせることで身支度やあと片付けといった躾(しつけ)を併せて身につけさせたいと考えている家庭も多いことは確かなようだ。

そこで実際の子ども部屋を見せてもらうことにした。私が訪れたのは、8歳になる一人娘のモナがいる元同僚のマルクス一家である。モナがまだ小学校の低学年ということもあり、妻のクリスティーネは仕事を持たず、現在は専業主婦をしている。彼らはモナが小学生になるのにあわせて子ども部屋を与えたが、部屋ですることは絵を描くことと寝ることが主で、宿題などは居間にある大きな机ですることも多いという。

モナは、中庭に面した窓が大きくて明るいとか、部屋の片付けをお父さんが手伝ってくれたこと、つい最近、新しい洋服棚を買ってもらったことなどを楽しそうに話してくれた。その中でも特に気に入っているのが高床式のベッドだという。マルクスがスケッチを描き、友人の協力を得てつくったという彼女の塒(ねぐら)は、階段が少し急だけれど、確かに良くできている。彼らの住居は天井の高さが3メートルもあるから圧迫感がないのもうらやましい。

それ以外にも私が感心することは、モナの部屋はこれまで見てきたほかの子ども部屋と同じように、日本の住宅では見かけない不思議な洗練さが漂っていることだ。その理由を的確に表現することは難しいけれど、それは板張りの床や何も物が置かれていない机、窓の飾りや床に無造作に置かれた原色のクッションといった、特別ではないごく単純なしつらえから、それらが感じられるのである。

そして彼女は、お父さんがつくってくれた塒を昇り降りするたびに、おそらく何かを感じ取っているに違いない。子ども部屋に必要なものをすべて買いそろえるのではなく、子どものために何かをつくるということは、個室という空間を超えて親子の絆(きずな)を結びつける大きな要素の一つといえるのだろう。そして、この部屋で育まれた彼女の感覚や感性は、おそらく彼女なりの住空間への価値観や、ものの質を見極める目を養っていくに違いない。それもまた住育と呼べるものの一つではないだろうか。

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