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朝日新聞 住まい/世界のウチ

改修工事は瞑想とともに 2006.10.07

住まいを自分で改修したり、自らつくったりしてしまうというのは、欧米ではそれほど珍しいことではないようだ。時間はかかるけれど、自分の手で空間をつくり上げて行くのは一つのだいご味でもある。今回は「瞑想(めいそう)の館づくり」に励むドイツの例を紹介したい。

工事が進められているのは、ケルンの旧市街から北西に2キロほど離れた商店街の近くにある集合住宅の一階である。不動産をいくつか所有する大家さんは、改修に必要な工具類から材料にいたるまで、すべて負担してくれる代わりに、借主が自由に改装して構わないという条件で賃貸物件を提供している。専門業者に工事を依頼できるほど資金的な余裕はないし、かといって自ら改修する手間はかけられないという大家さんが考えた妥協案である。ちょうどそこへ、お金はないけれど時間はたっぷりあるという理想的な借主が現れた。

その一人がフランス出身のティエリーだ。フランス語訛(なま)りのドイツ語を話す彼は、つい最近まで、中学校で数学と理科を教えていたという一風変わった経歴の持ち主である。その彼はいつの間にか瞑想の世界に関心を寄せるようになり、いまでは自分で瞑想の講座を開くまでになった。しかも、瞑想する空間を自分でつくる機会を得た彼は、教壇に立つ仕事をあっさり辞め、いまは「瞑想館新築工事」にかかりきりになっているのである。完成したあと、気が向いたら教職に戻ることも多少は考えているようだが、いずれにしろ十分に「のんびり人生」だ。

もう一人は、自称「風来坊の自己探求人」という仙人のような風貌(ふうぼう)をしているドイツ人のペーターである。日本でいう団塊の世代に当たる彼は、1974年に25歳でインドへ4か月間の旅に出たときに、心霊や輪廻(りんね)転生の世界にひかれたという。つい最近まで、宝石や装飾品を扱うお店を開いていたが、そこをいったん閉め、ここでお店を再開するそうだ。これまでも気の向くまま、のんびりやってきたけれど、実はこの改修工事がいままでで一番忙しいから、いまは全然「ゆっくり人生」ではないという。

給排水や電気工事などは専門の人に頼むけれども、それ以外は自分たちで改修を続けている。私が何度目かに訪れたときには、誤って地下室まで貫通させてしまったという穴を笑いながら見せてくれた。それは時間の流れ方が違うどこか別の世界へとつながっているようにも見えた。時代や流行に流されず、等身大の速度で生きて行く彼らは、まさにスローライフそのものである。

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