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還流独歩

地下鉄構内に住む動物 2010.07.21

一昨日の夜、地下鉄日比谷駅で、千代田線から日比谷線に乗り換えるときに階段を下りていたら、素早く動く小さな黒い物体が一瞬目に止まった。そのまま階段を降りる私の目の前を瞬時に横切ったのは、小さなネズミだった。まさかこんなところでネズミに遭遇するとは思わなかったので、男の私でも驚きのあまり大きな声を上げそうになったが、ネズミの動きが早過ぎて逆に何も言えなくなってしまった。

私の後ろに男性と女性が歩いていたが、彼らは気がつかなかったらしい。ホームにいた数人にも目に留まったはずだと思ったが、みんな疲れたような表情で線路の方を見つめていたから、ネズミは視界に入らなかったのだろう。少し遅い時間だったので、地下鉄に乗る人も少なかったせいもあるが、逆に乗換の人が多い時間帯にネズミが現れていたら女性の悲鳴が聞こえたかもしれない。

それはともかく、逃げ場を失ったかに見えたその小さなネズミは、床の端にある小さな排水溝に空けられた配管の中に、瞬時のうちに潜り込んでしまった。でも、それ以上入り込めないらしく、長いしっぽだけは見えている。大都会の地下鉄に生息するネズミは、一体、どうやって生きているのだろう。きっと昼間はじっとしていて、最終電車が終わった頃から懸命に活動しているに違いない。

ネズミの気持ちはわからないけれど、もしかしたら、地下鉄の構内は暖かいし水も適度にあるから、意外と居心地の良いところかもしれない。しっぽだけ出しているネズミを見て、大変そうだと同情するのは簡単だが、懸命に生き延びるすべを知っているとしたら、きっと人間よりも遥かに力強い生き物だ。でも、お世辞にも奇麗とはいえないから、その生存を応援するつもりはないが、今日もどこかできっと誰かを驚かせつつ、日々、生き延びているはずだ。

地下鉄の駅で、たった一匹のネズミに遭遇しただけの話だが、その一瞬見えた後ろ姿に悲哀のようなものを感じたのは、誰からの援助もなく、自らの力だけで生きていることの大変さに何となく同情してしまったからなのかもしれない。

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