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還流独歩

断熱と保温 2011.10.15

今月末に、札幌市立大学で、建築学会が主催する「熱シンポジウム」という会合が二日間にわたって開催される。恩師の宿谷先生をはじめとして、長年、お世話になっている方々も多く集まる会議のようだ。それに提出する論文を、事前にいくつか頂いた。いずれも非常に興味深い内容で、普段、研究といった分野からは離れてしまっている現状と比較すると、何だか気持が焦ってしまう。

子供たちを中心とした居住空間とのかかわりについて幅広く研究し、しかもそれを学校やさまざまな場所で実践している研究室の後輩が書いた論文の中に、「断熱するは業界用語」だと書かれている。確かにそうかもしれない。かいつまんで話すと、家庭科の先生に、冬の暖かい住まいには断熱材というものを使って「断熱する」ことが重要だという説明をしたのだが、すぐには理解してもらえないことがあったという。

いろいろと話をしてみると、「保温すること」なのだと納得してもらえたのだが、その先生は、授業の中で、断熱ということばを使って教えても、おそらく子供たちには正確には伝わらず、本当に理解できる表現が必要だったようだ。私も断熱の重要性についてはさかんに唱えているし、一部の専門誌でも大きく取り上げられてはいるが、それではやはり多くの人に理解してもらうには難しいのだと思う。

断熱をすると、冬に暖かく過ごすことができるというのは、専門家があたり前のごとく使っているだけで、そういったことに普段から触れていない人たちにとっては、「断熱」ということばはわかりにくいのではないかという指摘は、確かにもっともかもしれない。もちろん,知っている人には何の問題もないのだが、暖房といったことを考えると、「保温」ということばの方が、しっくりするような気がする。

いまは暖房の話だが、冷房のことを考えると、今度は「保温」ではなく「保冷」ということになるだろう。以前にも書いたが、断熱性の悪い冷蔵庫と良い冷蔵庫があったら、断熱性の良い方を買うに決まっている。クーラーボックスでも同じことがいえるだろう。飲み物がすぐに温まってしまうようなものはクーラボックスとは言わない。つまり冷蔵庫や冷たさを保つものの性能は「保冷性」ということになる。

「保温」と「保冷」の違いは、対象とするものに対する環境の温度が高いか低いかで決まる。「保温」は対象物よりも環境温度が低く、「保冷」はその逆で、環境温度が高いことを意味する。それを夏に冷房を行なっている空間にあてはめると、環境である外気の温度の方が高いわけだから、「建物の保冷性」が重要になることは明確だ。これは「断熱をすると夏に家の中が暑くなりませんか」という疑問を明確に解消してくれる可能性がある。

もちろん冷房をしている空間と、そうでない空間では一概に比較できないから、建物の「保冷性」が、いまの質問の質問への直接の答えにはならないかもしれないが、「断熱」ではなく「保温」と「保冷」という表現は、建築環境学の分野に柔軟な示唆を与えてくれるように思うのである。

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