理念 建築 略歴 連絡
文章 視察 還流独歩 大福企画
還流独歩

設備のない建築 その1 2012.03.21

住宅の設計を行なう中でいつも感じることは、設備のない建築である。語弊のないように補足すれば、生活に欠かすことのできない給排水や給湯設備は必要だけれども、もし、冷暖房設備がなくても、夏は涼しく冬は暖かい環境が、建築的手法だけで実現可能なら、その方が最も望ましいことではないかと私はずっと思っている。電気やガスといった化石燃料を消費することなく、ほどほどの温熱環境をつくれるとしたら、そんな素晴らしいことはないはずだ。

しかし、家の中の冷暖房設備をすべて取り去ることは、大抵の場合、かなり難しい。中には、冷房や暖房を、できるだけ使わない生活を心掛けている人もいるようだから、一概には決めつけられないが、湿度の高い夏や、外気温が氷点下まで下がる冬などは、やはり冷暖房設備に頼らざるを得ないだろう。いま、無暖房住宅やパッシブハウスといった低燃費な住宅が注目されているが、それはまだまだ少数派である。

ところで、建築家と呼ばれる人たちの設備に対する意識を考えてみる。それは人によって、かなりの開きがあると思うが、批判を覚悟で書かせてもらうなら、例えば、エアコンとか給湯器とか、そういった目につく設備機器をできるだけ隠したいと考えている人が多いのではないだろうか。そして、いかにして見えなくするかに神経を注ぐのである。エアコンの室外機がたくさん並んでいたり、冷媒管や凝縮水の排水管は、意匠的に存在して欲しくはないものの一つなのだ。

エアコンはできるだけ見せない位置に配置し、場合によっては、その前に目隠しをして、見えなくすることもある。先述のように、冷媒管や排水管系路に気を使い、外壁に回れば、室外機をいかにして目立たない位置に置くかに躍起になる。私はその気持がわからないでもない。だから、可能な限り目につかないようなところに配置しようと努力する。でも、エアコンの室内機や室外機をなくすことは、現実的には極めて難しい。他にも給排気口だって必要だ。

« »