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還流独歩

別れの街角 2010.03.31

日付が変わる少し前、八重洲通りの交差点に向かって歩いていると、一人の男性が若い女性の肩に手をかけているのが見えた。初老というにはまだ若過ぎるその男性は、今度は両手でその女性の手をしっかりと握り始めたので、一瞬、何だかあまり見たくない光景だなと思いつつ仕方なく近づいて行くと、女性が「本当にお世話になりました。どうも有難うございました」と言って涙ぐみながら、口元をおさえているのがわかった。

別れの光景だった。多分、会社の上司と、今日で退職する女性なのだろう。もしかしたら転勤とか社内の異動ということもあるかもしれないが、その雰囲気から、会社を離れる日に違いないと思う。その女性は何度かうなずき、最後に男性から何か一言声をかけられたあと、涙を拭いながら私と同じ方向に歩き始めた。私は彼女のことが気になりつつも、その先の交差点を別な方向に渡るため信号が青に変わるのを待った。

少しだけ振り返ると、私の後ろを通り過ぎた女性は歩道をうつむき加減に歩いていた。私は横断歩道を渡りながら、自分も退職した日のことを振り返った。涙はなかったけれど、もう戻れないと思う気持ちが心の中を漂い続けた日のことを遠く想い出した。

加筆訂正:2010年7月28日(水)

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