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還流独歩

仕立て屋さんのアイロン その1 2010.12.20

いつも行くヴァッシュザローン(コインランドリー)の隣りに、とても優しそうなお父さんが一人で経営する、古い構えの仕立て屋さんがある。1970年代くらいの雰囲気を残すショーウィンドウは、むしろ陳列棚と言った方が良いくらいで、中に並べられたネクタイなども、正直なところ、いまの時代に似つかわないものばかりだ。

でも、私はこのガラス張りの陳列棚を外から見るのが好きで、洗濯の合間に、よく覗いたりしていた。そして今日も何気なく中に目をやると、貼り紙があるのに気づいた。「12月31日をもって閉店致します。長年に亘る信頼に厚く御礼申し上げます」と書かれている。

私はここのお父さんに、ジャケットの袖を直してもらったことがあるので、突然の閉店に驚いたと同時に、残念な気持ちになった。そして、どうしてもお父さんに挨拶がしたい衝動に駆られた。そう思いつつも、少しためらっていると、お父さんは隣りのヴァッシュザローンから鍵を持って現れた。一緒に洗濯をする仲だったのである。

私はお父さんと店先で立ち話をした。どこかで仕事を続けるのかと訊いたら。「もう80歳だからね」という答えが返って来た。私は60代後半くらいかと思ってたので、その若さに驚いたけれど、確かに80歳なら店を閉めても良いかと妙に納得もした。ここで約45年間、仕立て屋さんを経営してきたそうだ。それにしても残念である。

でも、そんな予兆はあった。一年程前から、ネクタイと一緒に、茶色くなった昔のアイロンとか、PCが普及したいまでは化石のようになってしまったタイプライターなどが陳列棚に並べ始められたからだ。アイロンは5ユーロ、タイプライターは20ユーロだ。他にもいくつか年期の入ったものが並べられていたが、何かは忘れてしまった。

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