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還流独歩

男の腹 2009.09.15

大学3年生になった年、私はアルバイトに明け暮れていた。授業に出たのは、年間で10日間くらいだったと思う。そんなことができた理由は、入学してからの2年間で、卒業設計に着手するために必要な単位を取り終えてしまったからである。簡単に言うと、3年次に割り当てられている授業に出なくても、4年生への進級が保障されていたからだ。だから単位が簡単に取れそうな授業だけを見つけて、今回は大事だと思うときだけ出席していた。

当時はバブル経済で世の中は浮き足立っていた。高額のアルバイトもたくさんあった。その中で知り合った内田君は、男なのに、いつ会っても大きな目をきらきら輝せていた。大学卒業後、公認会計士を目指していた彼は、いつも自分の大きな夢を熱く語り、そして猛勉強をしていた。それなのに、いきなりその目標を変えた。「僕は美容師になる」と言って大学を卒業してから美容専門学校に通い始めたのだ。

実家が美容院を経営していることもあって、将来、独立できる職業に就きたいと考えていたが、それだったら公認会計士になるのではなく、実家を継ぐというのが一番良いと考え直したのだという。彼の潔さと大きな方向転換にはかなり驚いたけれど、その勇気にも感心した。彼からは、専門学校に通う生徒が幼く見えてしまうとか、学校の関係者から経営についての相談を受けたりしていることも聞かされた。

そんな内田君はいつも面白いことを言っていた。「人生は一日のことなり」。これは、「人の一生なんて振り返ってみれば一日みたいなものだから、毎日を精一杯生きよう」ということらしい。そしてある日、彼は私にこんなことを唐突に訊いてきた。「男って腹が出るとどうなると思う?」。突然の質問に対し言葉に窮した私に向かって彼は続けざまに言った。「夢を失うんだよ」。

男は腹が出ると夢を失う。彼から聞いたこの一言は私の脳裏に深く刻まれた。そんなことを教えてくれた内田君とは、いつの間にか連絡を取らなくなってしまった。そして、それから20年近くが過ぎたけれど、幸いに私のお腹はまだ大きくは出ていない。内田君は、いまはどこでどうしているのだろう。熊本の実家で美容師として活躍しているのかな。夢とか人生って言葉を聞くと、いまもあなたを想い出します。

内田君、もしこれを読んだら連絡下さい(笑)。お礼を言いたいです。

加筆訂正:2010年3月7日(日)/2011年12月27日(火)

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