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還流独歩

冬の薫り 2009.12.05

本格的な冬にはまだ早いが、窓を開けると何となく冬の薫りがする。それがどんな薫りかと訊かれると答えに窮してしまうのだが、冬の澄んだ空気の中に、どことなく重い薫りが混じっている気もするのである。それはもしかしたら、私の単なる幻想なのかもしれないが、何となく石炭を燃やしたときの独特の匂いが漂っているように思われるのである。

実際、東ドイツでは、まだ練炭を使って暖房しているところもあるくらいだから、冬にベルリンの街を歩くと懐かしい石炭の薫りが体験できたりする。もちろん、最近では暖房の熱源は天然ガスが主流になりつつあるし、地域暖房も整備されているから、石炭による暖房というのは極めて少ないに違いないが、時折触れる石炭の薫りは過去の想い出へと一気に導いてくれる。

人間の嗅覚に閉じ込められた過去の記憶というのは、ある薫りによって急に呼び覚まされることはよく知られている。薫りによって、想い出が強烈に蘇る場合もあれば、いつどこで、どんな状況の中で感じた薫りなのかもわからない、おぼろげな記憶だけが伴うときもある。

私の実家は、幼少の頃、石炭ストーブを使っていた。お風呂を沸かすのも石炭だった。小学校だって4年生までは石炭ストーブだった。多分、石炭を暖房に使うのを体験した最後の世代かもしれない。

冬のこの時期、バルコニーに出ても石炭の薫りなどするわけはないないのだが、寒い時期を迎えると、幼い頃に体験した石炭ストーブとその薫りが何となく懐かしく想い出されるのである。

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