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還流独歩

広尾で会ったお母さん 2010.08.11

確か去年の春頃のことだったと思う。ドイツからの建築家と一緒に、広尾にあるドイツ大使館に行くときのことだった。重そうな鞄を持った初老の女性が地下鉄の階段を上がろうとしていたので、「持ちましょうか?」と声をかけたら、「イッツ・ヘビィ」という返事が返ってきた。私の頭には疑問符が激しく点灯した。多分三つくらい。

お母さんの顔は日本人には似ているものの、どうも東南アジア系のようにも見える。第一、返事が英語なのだから、日本人ではないだろう。広尾には大使館や大邸宅が多いから、お手伝いさんとして働いている人なのかもしれない。そう思いつつ、少し重い鞄を改札のある一番上まで運んだ。でも、頭の中の疑問符はまだ点滅している。

少し日焼けた感じのお母さんは、あとから上がってきて、表情を変えることなく私に向かって、弱々しく言った。「サンキュー・ベリィ・マッチ」。返事は「イッツ・マイ・プレジャー」で決まりだろう。近くにいたドイツ人の仲間が「なぜ英語なの?」と苦笑している。もちろん私にもわからない。広尾に行ったら、また会えるかな?

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