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還流独歩

しがみつかれて日比谷線 2011.02.19

夕べのことである。日付が変わる少し前の日比谷線に乗って帰るところだった。終電に近い電車だったこともあって、空いている席がなく、私は乗降口の脇に立って乗っていた。銀座駅は乗り降りする人が多いので、少し脇に避けたつもりだったが、扉が開くと同時に一人の女性が私に寄りかかるように倒れて込んで来た。一瞬、どうして良いか分からず、ともかく反射的にその女性を支えようとしたら、腕にしがみつかれてしまった。

幸いにもその女性は倒れることはなかったので良かったのだが、かなり酔っているらしく呂律が回らない状態で、長めの髪をかき上げながら「本当に申し訳ありません」と何度も謝り始めた。少し内側のつり革につかまるように勧めたのだが、倒れそうになって危ないので、乗降口の角にいた私は場所を空けて、その場所に移動してもらった。そうしたら、また何度も丁寧に謝られた。声は大きくはないものの、ふらつき気味の彼女に、車内の人が何人も視線を向けている。

大丈夫かと思いつつ、やや距離を置いて立っていたら、その女性は次の東銀座で降りて行った。これから浅草線に乗り換えるのか、あるいは自宅がその近くなのかはわからないが、無事、帰れることを案じた。それは、わずか1分程の出来事だった。こんなことを書くと、その女性にしがみつかれて私は嬉しくなったのではないかと勘ぐる向きもあるかもしれないが、実はまったく逆で、男性を狙う新手のスリかもしれないという思いが、一瞬、私の頭をよぎった。

日本も何かと物騒な事件が起きるようになったとはいえ、まだまだ安全な国の一つだと思う。だから、そんなことはあるわけないと思いつつも、反射的に身構えたと同時に、私の貴重品が目当で倒れ込んで来たのかもしれないと思ってしまい、変に冷静な自分がいることに気づいた。まず相手のことを気遣うことよりも、自分の防御反応の方を優先する思考回路になっていることは新鮮な驚きでもあった。

金曜日ということもあって、その女性は少し飲み過ぎてしまったのだろう。楽しい雰囲気の中でお酒をたくさん飲めたのかもしれないし、あるいは逆に、日々の辛いことを想い出しながらの愚痴まじりのお酒の場になったのかもしれない。大勢で飲んだのか、少人数だったのかなど、私にはまったくわからないけれど、いずれにせよ、少し飲み過ぎた勢いで恥ずかしい思いをすることは、お酒の好きな人なら誰にだって一度や二度はあるはずだ。だから何の問題もない。

そういう私こそ、人のことを言えた立場では決してないから恥ずかしい限りである。自分が降りるまでの残りの数駅の間に、いま起きたできごとを想い出しながら、最近は、あまり無謀なこともしなくなったなあと、遠い日の自分を振り返ってみたのであった。

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