理念 建築 略歴 連絡
文章 視察 還流独歩 大福企画
還流独歩

建築環境学の話 その2 2011.07.01

話がサウナとお風呂から完全に逸脱してしまったが、もう一つ付け加えておきたい。ある一定の温度がしばらく続いている部屋があるとする。そこの室温が仮に25℃だった場合、日射が当ったり、コンピュータのように自ら発熱するようなものがないという条件のもとでは、中にあるものすべてのものの温度は25℃である。ある本だけが40℃になったり、一部の服が15℃になるということは絶対にない。

この不穏な世の中、絶対にないとか、あり得ないという表現は使うべきではないかと思うが、これに限っては、間違いないと言い切れるだろう。もちろん、呼吸をしている人間や植物が同じ25℃になることはないけれど、普通に置いてあるものの温度が室温よりも大きく違うということはない。いつも使っている鞄だけがやけに熱くなったり、普段履いている靴だけが冷たくなることはないのだ。

その環境の中に、木とアルミニウムでできた大きなサイコロがあるとする。どちらも長時間、そこに置かれていれば、確実に25℃に保たれている。しかし手で触ってみると、木よりもアルミニウムの方が冷たく感じるはずだ。どちらも同じ25℃のはずなのに、一方はそれほど冷たくなく、片方は少し冷たく感じる。これは実に不思議なことだが、最初に書いたように、これには物質の熱伝導率が関係している。

木材の熱の伝わりやすさは0.15W/mKだが、アルミニウムのそれは約236W/mKで、その差は1580倍もある。人間の手の表面温度は、だいたい33℃から34℃くらいだから、25℃のものを触れば冷たく感じるのは自然なことだが、木材とアルミニウムで冷たさが違うと感じるのは、手から奪われる熱の速さが異なるからである。これは最初に書いたように、空気と水の熱伝導率の違いと同じことだ。

木には温もりがあって、アルミニウムや鉄は冷たい感じがすると思っている人は多いはずだ。でも、なぜそうなのかという説明を求められると、的確に答えるのは難しいだろうし、そうできる人もおそらく少ないに違いない。その理由は建築環境学というより、物理の範囲になってしまうのかもしれないが、例えば、温かみのある家を実現したいと漠然と思っている人には、それらが大いに関係して来る話なのである。

いま述べたような、複層ガラスの中空層の話など、建築の中における実に些細な話だと思う。でも、そこにはデザインにつながる多くの示唆が隠されている。例えば、窓を大きくしたいが、その断熱性にも配慮したいという場合、壁の仕様と窓の熱的な性能を比較することで、適切な窓の大きさを検討することができるし、断熱性が高い窓を従来通り使うのか、それとも日除けと組み合わせて大きく使うのかの選択肢も生まれてくる。

無論、これらの検討は何かものすごく新しいということでもないし、そんなことはどこの設計事務所でも建設会社でも検討していると思う。ただ、こういった地味にも思えるようなことが実は大切だったりするのではないだろうか。設計というのは、ありとあらゆることを検討しながら,それらを削ぎ落して行く作業でもある。その中で、建築環境学が持つ役割は、決して小さくはないと思いたい。

「明るい家が良いですか、暗い方が良いですか」「暖かい家が良いですか、寒く感じる方が良いですか」「涼しい家が良いですか、暑く感じる方が好きですか」「風通しの良い家と、あまり良くない家のどちらが好きですか」。そんな単純な質問からいろいろなことが見えてくる。建築環境学は「家族とのコミュニケーションが取れる家」という問いには直接の答えは出せないけれど、そういったことにも間接的に関われるかもしれない。

少し大袈裟だけれども、そんな視点を大切にして行きたい思っている。

加筆訂正:2011年7月2日(土)

« »