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天売・焼尻島への旅 その3 2011.08.05

調べてみたら、ウミウは巣をつくらず、崖を利用して、そこに卵を産むのに対して、ウトウはモグラのように地面の中を突き進んで巣をつくり、そこで雛鳥を育てる習性があるというのも実に面白いことだ。普段は野鳥の観察などはほとんどしない方だが、人間が絶対にたどり着けないような絶壁に巣をつくり、そこから飛び回る数々の鳥たちや、赤茶けた崖に無数に点在する巣穴を見ると、そこには間違いなく鳥たちの共同社会があって、いろいろとそれなりに大変なのかもしれないなどと余計なことを考えたりした。

赤岩から周回道路の北側を進む。相変わらず誰とも会わない。途中の観音崎展望台からはウミネコの繁殖地がよく見えた。結局、2時間15分ほどで島を一周した。一つだけ心残りなのは、無料の望遠鏡が設置されている海鳥観察舎に立寄らなかったことだ。野鳥の観察が好きな方からは、ここに寄らないでどうするというお叱りを受けそうだが、あまりに暑くてそこまで行く気が起きなかったのである。いつかまた来るようなことがもしあれば、そのときにでも行ってみることにしよう。夕方、お風呂で汗を流し、18時から生ウニなどがついた海鮮料理を美味しく頂いて一日が終わる。

翌朝、9時40分発の羽幌行き高速船に乗り、焼尻島に渡る。ここも素直に徒歩で一周。今日は昨日にも増して雲がなく、快晴に近い天気である。綿羊牧場を抜け、白浜海岸を通り過ぎると、鷹の巣園地に向かって緩やかな登り坂が続く。天売島では誰にも会わなかったのに、ここではキャンプをしている人や、貸し自転車でサイクリングを楽しむ人を見かけた。そしてお手洗いと休憩所以外は何もない展望台へ到着。風が抜けて気持が良い。さっきまでいた天売島が奇麗に浮かんでいる。その反対側には陸地の山並みがわずかに黒く連なっているのが見える。

ここから島の中央を横切る「オンコ海道」に入る。多少の起伏があるが、ほぼ真っ平らの道を夏の太陽を浴びながら歩く。しばらくしたら緑の森が現れた。ここが「オンコの原生林」である。「オンコ」とは「イチイ」のことで、北海道や東北では、そう呼ばれている。うっそうとした森に入ると日陰が続くので、ようやく暑さから開放された。オンコの木は成長が遅いものの、20mほどの高さまで成長するが、日本海に浮かぶ島だから風が強いこともあってか、そこまで伸びた木は、そう多くはない。その代わり奇怪な育ち方をしている木が目についた。

幹が中央から二手に分かれて伸びたものや、形容し難いほど幹が入り乱れているもの、上に伸びず、地面を這う人間の手のように広がったものなど、よく見ると実に面白い形をしていて、自然の造形美に見とれてしまう。それにしても、厳しい環境にもめげず、こうした原生林が島にあるというのは実に貴重なことなのだろう。ウグイス谷にかかる橋を二つ渡って焼尻港へ戻る。オンコの原生林から港までは結構な標高差があり、最後は階段を使って降りた。預けていた手荷物を受取り、少し待つと羽幌行きの高速船が入って来た。約3時間半の滞在だったが、焼尻島も満喫できたように思う。

天売島の人口は400人に満たない。焼尻島も300人弱のようである。北海道に来る観光客のうち、例えば車で遠距離を移動するような時間に余裕のある人であれば立寄れるかもしれないが、旅行会社が企画する団体旅行で、天売・焼尻に大勢の人が来ることはおそらくないだろう。そもそも北海道に住んでいる人だって、行ったことがない人がほとんどではないだろうか。現に私も初めてなのだから。野鳥と新鮮な海産物以外は何もないけれど、数多くの魅力を持っている島など、逆に少ないのではないかとさえ思う。何もない豊かさ。それもまた離島の魅力でもある。

北海道の夏は短い。お盆を過ぎると秋は足早にやって来る。今年は道東にでも行ってみようかと思ったこともあったが、小さな二つの島で、束の間の北の夏を享受できたことに感謝したい。そして、もし天売・焼尻を訪れる機会があるのなら、それだけでもこの両島を支えることにつながるのだと思う。もちろん、無理に訪れる必要などないだろう。今回、初めて訪れただけなのに、そんな勝手なことを言うのは甚だ失礼なのだが、わずか二日間の短い小旅行を通じて、何だかそんなことを感じたのである。

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