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還流独歩

地下鉄の駅名表示板 2011.08.24

三月の震災以来、東京の地下鉄を利用するときに、いつも感じることがある。それは駅名や乗換の案内を示す表示板などの大半が、内部に入れた蛍光灯を光らせることで見やすくしているということだ。節電ということで、線路側の壁に埋込まれている大きな駅名表示板が暗くなっているので気がついただけのことなのだが、他にも乗換できる路線まで何メートルと書かれた表示板も消灯されていることも多く、それだと明暗がはっきりとは表れず、多少なりとも見えにくくなっている。他にも番線や行き先表示板なども同様に消灯されているのを見かけた。

これらの表示版は、内部に蛍光灯のような人工照明を入れて、それを点灯させることで機能するわけだから、電力の消費を前提とした表示方法だ。地下鉄の駅の構内は人工照明がないと成り立たないのはあたり前だし、広告なども裏側に照明が入っているのは普通のことだが、良く観察してみたら、駅名表示でも柱に付いているものは裏側に照明が入っていない。柱を削るわけにはいかないからだろう。そういえば、出口の案内を示す黄色の表示板にも照明は使われていない。だから何から何まで電気が必要というわけではなさそうだ。

東京の地下鉄は複雑なので、駅名や乗換の表示は見やすくなければならない。日本の人だけでなく、海外からも多くの人がやって来るから、裏側に照明を入れて、よりわかりやすくする必要があるというのはもちろん理解できる。一方、電気がないと表示板の表面には明暗が出ないから、ただ暗い看板になってしまう。それらが消費する電力など、全体からみたら微々たるものに違いないだろうけれども、出口案内などのように電気を使わないで表示するという方法があっても良いのではないだろうか。

そこでドイツの地下鉄は、どうだったかが気になった。普段、あまり気に留めたことなどないのだが、乗り場の駅名表示の中で、裏側に照明が入っているものはなかったのではないかという記憶がある。そこで念のためドイツのいくつかの都市の地下鉄の写真を何枚か見てみたら、駅名表示板に照明はなく、いわゆるただの看板だけであった。すべての地下鉄がそうだとは言い切れないが、ドイツの人は、良く言うと倹約家で、悪く言うとケチだから、もしかしたら、それが反映されているのかもしれない。でも地下鉄構内は適度に明るいから、表示板に電気が不要なことは確かだろう。

地下鉄の駅名表示に照明を使用していることなど、それほど大きな問題ではないという思いは気持の片隅にはあるけれど、電気が消された暗い表示板を見ると、電力を消費しない方法というものを最初の段階から考えておいても良かったのではないかと、余計なお世話的なことを詮索してしまう。この夏は節電が大きく取り沙汰されて来たけれども、一体いつになったら駅名表示板に再び照明が灯るのだろう。これらの消灯を無駄な節電と呼ぶべきかわからないが、明暗のない表示板を見ながら、必要な電気とは何なのかを考えてしまう。

中学の恩師が常々言っていたように、「あってもなくても良いものはなくて良い」という教えに従えば、地下鉄構内の中の照明入り表示板は、これからもずっと消灯し続けたら良いとさえ思えて来るというのは、あまりにも偏り過ぎた意見であろうか。

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