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還流独歩

空の温度 2011.08.25

空の温度を測ったことがあるという人は、それほど多くないと思う。測りたいと思っても、空に行くことはそれほど簡単ではない。スカイダビングをする人なら、飛び降りるときに気温を測ることができるかもしれないが、普通の人とっては無理な話だと思う。でも国際線の飛行機に乗れば、目の前の画面に外気温を表示してくれるから、移動高度が1万メートルを超えれば、氷点下50℃くらいになっていることはわかるし、宇宙へ近づくほど気温が下がることなど、小学生でも知っていることだろう。

では、空の温度を測るために、絶対に上空へ行かなければならないかというと、そんなことはない。世の中には「放射温度計」という便利なものがある。最近は「放射線計」と間違われてしまうのだが、放射温度計というのは、物体から放たれる電磁波の強度を測定し、それを温度表示に変換する計測器である。つまり、物体に触れなくても表面温度を測定することが可能である。小型のものだと手の中に納まるくらい小さい。普段、それを持ち歩きながら、あちこちの温度を測っている。

ただし、この放射温度計を使えば、実際の表面温度をつねに正確に測定できるかというと、必ずしもすべてのものに当てはまらないことがある。というのは、測るものに応じて放射率が異なるからだ。ただ、大抵の物体の放射率は、0.70くらいから0.95程度の間にある。その数値が極端に低いものの例を挙げるとすれば、非常に光沢のある金属などだ。その場合、放射温度計の設定を変えるか、あるいは表面に何かを貼れば、おおよその値を測ることが可能になるが、身の回りにあるものの大半は普通に測定することができる。

肝心の空というものは物体ではないけれども、放射温度計というのは便利なもので、仮想表面として数値を出してくれる。その温度は、時間や季節、そして天候によって大きく変わる。夏の暑い日でも、青空の温度は15℃くらいだったりするし、曇って来ると雲の温度を拾うので、20℃以上になることもある。その一方で、真冬の晴れた夜に空の温度を測ると氷点下20℃以下になる。「放射冷却現象により、明日は厳しい冷え込みとなるでしょう」という予報の通り、地表面の熱が宇宙へ吸い取られるかのように冷却されるためである。

雪が多く降る地域に行くと、晴れている日よりも、雪の降る日の方が妙に暖かく感じたりすることがある。これは、真冬の空や空気の温度が氷点下になるのに対して、0℃近い雪に囲まれている方が、体感的な温もりを感じるからであろう。だから、真夏の暑い時期でも、空の温度というのは、日射の影響を受ける地表面の温度よりも確実に低い。夏は空が暑いから暑いのではない。熱せられた地面や建築物が日射を吸収し、それを放熱するから暑いのである。空の向こうには宇宙があり、その世界は絶対零度に近い氷点下270℃だ。

地球は徐々に温まって来ていると言われているらしいが、宇宙の温度が上がることなどないし、地球が影響を与えることなどもあり得ないだろう。遥か広大な宇宙の中の地球は、塵にも満たないくらいのごくわずかな世界だが、普段の生活で宇宙を感じることはあまりない。でも、放射温度計という小さな測定器を使って空の温度を測定してみると、地球と宇宙の距離を一気に縮めてくれるだけでなく、それはまた、これからどのような視点が大切なのかを教えてくれるような気がする。

日射を吸収した真夏の道路の表面温度は60℃近いけれど、その遥か上には、決して温まることのない宇宙が広がっている。電磁波の一つである太陽から届く光は地球全体を温め、それが適度に蓄えられると同時に、地球表面からは宇宙に向かって放射が行なわれている。また大気の移動や雨によっても、熱の移動がつねに繰り返されている。人類が住むこの惑星を取り巻く壮大な熱の動きをつぶさに見たり、実際に体験することはなかなかできないけれども、目に見えない空の温度を測るとき、その一つを実感できたりするのである。

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