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還流独歩

高速バスと建築 その2 2011.09.01

二両編成の電車がやって来た。車掌に切符の買い方を訊いたら「これから乗るのですか」と返された。意味が良くわからなかったが、降りるときに車掌に払うこともあるのだろう。空いていた席に座ると車掌がやって来た。新浜松と告げると、80と100の数字のところにパンチで穴を開けた懐かしい紙切れ切符を渡してくれた。つまり180円である。

駅に着いたのは14時を回っていたので、バスで移動する前に、お昼ごはんを簡単に済ませる。見に行く現場は「佐鳴湖(さなるこ)」という湖の脇にある。切符売り場で「佐鳴湖の近くにある『佐鳴病院』のあたりまで行きたいのですが」と告げると、若い女性に「そういう名前の病院はありません」と言われた。正しくは「佐鳴『湖』病院」だった。

その女性は、一つ手前の停留所へ行く方が本数が多く、次のバスにすぐに乗れると教えてくれた。乗り場で数分待つとバスが来た。知らない土地で初めて乗るバス。そういう移動が意外と好きな私にとっては何の苦にもならない。降りた停留所の先にある交差点を湖の方へ曲がると下り坂になっている。少し歩くと今日の主役が現れた。

そこから先のことを真剣に書き始めると、また長くなってしまうので、要点だけをまとめると、非常に格好の良い、まさに建築という名に相応しいものであった。主張するところは大きく見せつつも、無理をしない範囲で奇麗にまとめられている。綴じた外壁も多いが、大胆な開口部が多く、透明感があるのも大きな特徴である。

店舗への入口に風除室があるが、内部とのつながりが感じられる。店舗部分と外をつなぐ緩衝空間でありながら、違和感のない動線に仕上がっている。内部も極めて明るい。高い位置に配置された大きな窓から昼光がふんだんに降り注ぐ、実に気持ちの良い空間であり、置いてある木製家具も自然の光で見ることができることは贅沢にさえ思われる。

この建物は、店舗、事務所、倉庫という三つの用途が、高さ方向を考えて配置されており、二階の事務所からは、店舗と倉庫を見下ろせるようになっている。それほど大きくはない建物であるが、大きな開口部が外とつながることによって、開放的な雰囲気をうまくつくり出している。ともかく明るいということは、豊かであることを実感させてくれる。

国産材を使った子供用の学習机を扱っている会社が今回の建築主で、社員の方々も本当に嬉しそうだ。それが一番だと思う。施工に関しても、開口部のまとまりがしっかりしているし、全体にも丁寧さが感じられる。建築主、設計事務所、施工という大きな三つの柱がうまく協動し合いながら、最後に建築へと昇華し、そして豊かさを感じることのできる作品に仕上がっている。

3時間ほど滞在させて頂いたあと浜松市内に移動する。食事に誘われたが、帰りのバスの時間が迫っている。そのまま残って最終の新幹線で東京に戻ろうかとも考えたが、今日は素直に帰ることにしよう。ビールを一杯だけ頂いて、小雨の降る中、高速のバス停へと向かう。帰りの4時間近い移動がやや苦痛だったが、見学に行って実に良かったと感じた次第である。

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