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高齢者養護施設訪問 その3 2011.11.10

施設の案内のあとは、入居する3名の方との懇親会である。身体的にも何の問題もないことから、この介護施設にかかわる、さまざまなことを引き受けているという。まさに奉仕の人たちだ。他にも、最初に出迎えてくれた施設長と、もう一人の女性が同席してくれた。テーブルの上には、フランクフルター・クランツというケーキが置かれ、落葉で秋の彩りを添えてくれている。和やかな雰囲気で始まった懇親会は、時折、笑いが起きる中で情報交換をさせてもらった。

それにしても、このような場に同席できるのは本当に有難いことだし、また貴重な機会だと思う。話をした詳しい内容は断片的にしかお伝えできないけれども、何と言えば良いのか、不思議なことに大いなる豊かさを感じるのである。あるいは揺るぎない余裕とでも言うのだろうか。それが確実に伝わって来る。私が建築に携わっているというと、女性の一人が、すぐに平面図を持って来て、その特徴について説明してくれた。こんなこと日本で起こりうるだろうか。

この施設を選んだ理由や、満足度についても少し訊きたいと思ったが、今日は、この機会をつくって頂いた方が中心であって、私はあくまでも脇役だから、ほとんど質問はしなかった。それでも十分に勉強になった。それよりも、生き生きとした表情で、目を輝かせながら我々を迎え入れてくれた女性たちは、この私をも大きく包み込んでくれた気がするのである。それが私の気持を柔らかく、そして生きることと、老いることとは何かを考えさせてくれる。

先述したように、私は日本の介護施設の現状をほとんど知らない。でも勝手なことを言わせてもらえるから、ドイツの方が、遥かに進んでいるような気がする。年老いても一人の人間であることには何ら変わりはない。その人権は、命が尽きるまで保護されなければならない。社会的に弱い立場にある人こそ、あらゆる場面において守られなければならないと私は強く思う。それは日本で、できているだろうか。日本はこれからどんな方向へ向かおうとしているのか。

笑われるかもしれないが、もし私が身よりのない老後を一人で過ごすことになったら、ドイツのこの介護施設に入居したいとさえ本気で思う。ここでは、人間としての尊厳がとても大切にされているという印象を強く受けたからだ。それは他の施設でも同じかもしれない。でも、こういった大切な雰囲気というのは、不思議なことにあらゆる要素が融合して自然と湧き出て来るものなのだ。そして初めて訪れるからこそ、敏感に感じ取れてしまうのかもしれない。

建物の形状も、いわゆる四角四面の画一的な建築ではない。先述したように、廊下に対して居室の扉が斜めに配置されているため、入口に適度な緩衝空間が生まれている。簡単に言えば、居室の前に小さな玄関が存在しているのだ。廊下に対して斜めに配置されている居室の形状も四角ではなく、また無駄とも思える使えない部分も存在するのだが、それが逆に豊かな空間をつくり出している。だからこそ、ここに住んでも良いとさえ思わせてくれるのだと思う。

わずか2時間程度の訪問だったから、すべてを知ることなどできないし、私が感じたことが正しいかどうかなど自分では決められない。おそらく人によって異なるに違いない。でも、入所している人たちからはもちろんのこと、そこで働いている人たちや、建物のつくりなども、すべてが充実しているように感じたことは、私の直感として間違っていないと思う。そして多くの示唆を得たように思う。今回、貴重な機会を頂けたことに対し、厚く御礼申し上げる。

そして最後に、今回、お世話になった通訳の女性にも感謝を申し上げたい。羨ましくなるほどの奇麗なドイツ語を話し、また日本語訳についても無駄なよどみがなく実に明確で、ほぼ完璧であった。少し伺ったところ、通訳が専門ではなく、日本企業のドイツ支社に勤めているという。ドイツと縁があり、こちらの男性と結婚して、小さなお子さんもいるという環境とはいえ、私にとっても、大変に勉強になった通訳であった。この場を借りて御礼申し上げます。

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