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還流独歩

水の陰 2012.01.31

泳ぎに行ったときに気がついたことがある。前に泳ぐ人がいると、その後ろを泳ぐのが楽な気がするのである。水泳の専門家ではないので、正しいかどうかはわからないが、泳ぐということは、水をかいたり蹴ったりして前に進むわけだから、自然と前から後ろへと水の流れができるはずだ。その流れの中に入って泳ぐと、前からやって来る水の流れを受けるので、それが抵抗となって、泳ぎが阻害されてしまいそうに思われるのだが、すぐ前に泳ぐ人がいても、そんな風には感じない。むしろ微妙な推進力が得られる気がするのである。

F1やバイクのレースなどでは、スリップストリームと呼ばれる走法がある。高速で走る車やバイクの後ろを走行すると、単独で走るよりも風の抵抗を受けないから、その分の余力が生まれる。それを利用して、後ろから一気に追い越すことができるらしい。同様のことは、ツール・ド・フランスといった自転車競技でも用いられているようだ。このスリップストリームは、ドイツ語で「ヴィントシャッテン」と言って「風の陰」という意味だ。英語だと良くわからないが、ドイツ語を日本語に直すと、よく理解できる気がする。

アウトバーンを走ると、遅い大型トラックの後ろについて走る車を見かけることがある。余談だが、ドイツでは、トラックの制限速度は時速80kmと決められており、それ以上は出せないようになっている。それはさておき、普通の車にとっても、それくらいの速度が最も燃費が良いのだとは思うが、さらに風の抵抗を受けないと、燃料の消費は、かなり抑えられるのかもしれない。あとは遠方に出かけるキャンピングカーなども、早くは走れないから、トラックと一緒に走らざるを得ないようだが、その後ろについて走ると燃費が良くなるということも考えている可能性は高そうだ。

話は逸れるが、風が強い日に、細い電線などが音を立てることがある。これは電線に当った風が二手に分かれ、そのあと、風が吹く方向とは逆向きの内側に巻き込むような渦が生まれることに起因している。専門用語では「カルマン渦列」と呼ばれていて、例えば、細長い紐を大きく回すと音がするのも、その渦列が関係している。また、高い建物に風が当たると、その背後には、同様の風の巻き込みが発生することが知られているし、もっと大きな範囲では、季節風などの強い風が起伏した地形に当ると、風下に大きな気流の渦ができることもわかっている。

話を戻すと、泳ぐ人の後ろには、もしかしたら、この渦のようなものが発生しているのではないだろうか。その中に入って泳ぐと、トラックの後ろを走るのと同じように、低燃費で泳ぐことができるのかもしれない。それが本当かどうかはわからないけれど、前に泳ぐ人がいると、身体が少し軽くなるような感じを受けるのである。しかも水かきの動作が、それほど無理をしなくても、腕が後ろへと押し出せる気もするのだ。もっとも実際のところ、本当はどうなのかはわからないが、泳ぎながら、そんなことを体験したりすると、水泳というのは実に奥が深い競技だと思うのである。

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