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還流独歩

笑顔の力 その1 2012.02.06

名刺が残り少なくなって来たので、新しく刷り直さなければならない。去年の秋頃に、いつもお願いしていた印刷会社に行ってみたら、いつの間にか移転してしまっていた。どうやら、都内にいくつかある店舗が集約されてしまったようだ。実は、その店舗よりもかなり近いところに、もう一店舗あるのだが、私はそこの窓口の女性が、どうしても苦手で、距離にして二駅近くある別の店舗まで、わざわざ足を運んで、そこで名刺を頼んでいたのである。

一番近くて便利なところにある店舗の窓口の女性が苦手だなどと書くと、そんなことなど気にしない性格ではないかと笑われてしまうかもしれないが、見かけに寄らず意外と繊細なのである。苦手な理由はいくつかあったが、その一つは、まったく笑顔を見せないことだった。別に微笑みを投げかけて欲しいとは思わない。でも、客が入って来たら「いらっしゃいませ」と言うのと同時に、多少なりとも明るい表情をすべきではないかと思う。

いま書いていて気づいたのだが、私は彼女の「笑顔」が見たかったのではなく、適度に明るく応対して欲しかっただけのことなのだ。苦手だというもう一つの理由は、私がいろいろとお願いすることに対して、面倒くさそうな表情をするからだった。彼女はそうは思っていないかもしれないけれど、少なくとも私にはそう見えた。私が「このようにはできませんか…」と話しかけると、「面倒なことを言う人だなあ」という表情をして、視線をずらすのである。

私の名刺は青地に白抜きである。事務所を開設したときに、いろいろと考えて、このデザインに行き着いたのだが、最初の頃、背景の青色がうまく出なくて苦労した。そして、自分が望む色が出るまで、何度も印刷してもらった。その点では、印刷会社の人に面倒はかけたが、その分の名刺代はもちろん支払っているから、取り立てて理不尽な要求をしていたわけではないと思う。むしろ、何度も注文してくれるのだから、ある意味、有難い客でもある。

どうすれば希望の色が出せるものなのか、私は何度か訊いた。別にしつこくお願いしたわけではなく、何か良い方法はないか探し出したかっただけなのだ。「できなくはないと思うのですが…。少々お待ち下さい…」と言って、億劫そうに席から立ち上がって、つい立ての陰へ消えて行く彼女を見ると、何だかこちらまで憂鬱になって来て、この店に来て名刺を注文するのが苦痛に感じられるようになった。多分、彼女も同じ気持だったかもしれない。

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