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還流独歩

距離感 2011.09.15

世の中には妙に近づいて来る人がいる。言い換えれば距離感のない人である。例えば、泳ぎに行ったときに、空いているロッカーがたくさんあるのに、なぜかとても近くに寄って来る人がたまにいる。狭い空間なのに、隣り合わせのロッカーを使うというのは、どうも解(げ)せない。「他にもたくさん空いてますよ」と言いたくなる。

電車に乗っているときも、適度な距離感を保てない人を見かけたりすることがある。もう少し離れて立ってくれれば良いものを、何だか中途半端に寄って来るので、こちらが場所を変えたりする。そもそも電車の席だって、空いていれば、普通は離れて座るものだ。一両に数人しかいないのに、隣りに座る人はまずいない。

人間にも動物にも警戒距離というのがある。適度に離れていれば、互いに意識はするものの、不快にはならないが、相手が近づいて来たときに、こちらが反応せざるを得ない最低距離のことだ。犬であれば吠え始めて噛み付くこともあるし、猫でも逆毛を立てて威嚇したあと手を出すとか、熊であれば、一気に攻撃に転じるという間隔である。

日本は人が多いから、混雑した電車内などでは、身体が触れることも多い。密度が高いわけだから、それは仕方がないのだが、それでも何だかそばにいられると、とても不快な人がいたりする。その一方で、密度が低い場合には、やはり適度な距離の置き方というものがあるはずだ。それを侵害されると妙に気になってしまう。

いつだったか、ドイツの入国審査を受けるときに、観光で来たと思われる、やや高齢の日本人女性が、まさに整列するかのように背後にすり寄って来たことがある。思わず「離れて立ってもらえますか」と言ってしまった。こういうところで近寄られると実に気持が悪いし、入国審査を受けるときは前の人から離れなければならないことになっている。

日本では並ぶときに「間を開けず、前に詰めて下さい」と言われることがとても多いから、この女性の行動は理解できるし、勝手な解釈をさせてもらえるなら、おそらく子供の頃からつねに整列させられてきた年代に違いない。だから並ぶときには、前の人に自然と近づいてしまう習性ができているのだ。そう思ったら一人笑いをしてしまった。

以前にも「距離の取り方」で書いたが、ドイツで歩道を歩いていると、前を歩いている人が道を譲ってくれることが頻繁にある。残念ながら、日本でそんな経験をしたことは一度もない。しいて挙げれば、山登りとかのときだろうか。特に東京は人が多いし、歩道も混雑しているから、後ろから歩いて来る人に対し意識を向ける人はほとんどいない。

いろいろな状況の中で、適度な距離感というものがある。だから別に日本の悪いところを指摘したいわけではないし、日本の人が、それに対して鈍感だと言うつもりもないが、電車に乗っているときや、道を歩いているとき、買物をしてお金を払うときなど、何だか人との距離が妙に気になってしまう。

少し神経質過ぎると思われるに違いないけれど、外に出たときの人との距離感というのは、おそらく気配りの一つではないかと思うのである。
 
加筆訂正:2012年4月23日(日)

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